不動産は収益性によって価値が増減するため、不動産の価値を把握するためには、その収益性を左右する要素の一つである物理的状況をチェックすることによって、収益性に及ぼすさまざまなリスクを定量化することが重要です。
エンジニアリングレポートは土地や建物の状態を専門家が第三者の目線で的確にチェックして作成されるため、不動産のデューデリジェンスの根幹となる資料として活用されています。
今回はエンジニアリングレポートの特徴やチェックできる内容について説明します。
日本における不動産のデューデリジェンスの歴史
まず、日本における不動産のデューデリジェンスの歴史をざっくりとおさらいします。
バブル崩壊後の不良債権処理のため不動産デューデリジェンスが登場
1991年にバブルが崩壊した後、日本経済は長期間停滞することになりました。
1998年、橋本政権下で実施された金融政策に「金融再生トータルプラン」というものがありますが、そこで「適性評価手続(デュー・デリジェンス)」として言及され、日本においてもデューデリジェンスが認知されるようになりました。
バブル崩壊で地価が下落し、不動産を担保にした融資が不良債権化したので、担保不動産を早期に売却して不良債権を減らす手段としてデュー・デリジェンスが行われるようになりました。
外資系企業の要請によりデューデリジェンス手法が定着
底値の不動産を購入するため日本の不動産マーケットに巨額を投資した外資系ファンドや外資系投資銀行といった外資系企業の存在感が増したこともデューデリジェンスが定着したもう一つの要因に挙げられます。
日本では、宅建業者である仲介業者が、法令に基づき不動産を調査して重要事項説明を購入前の買い主にしていました。
一方、米国などでは、売買契約を締結した後、一定期間内に買い主が主体的にデュー・デリジェンスを実施して価格交渉や契約破棄が行われます。
外資系企業からすると、購入を検討している日本の不動産に関する情報開示は不十分であり、透明性の確保が強く求められていたことから、デューデリジェンスの手法が浸透していきました。
不動産の証券化に伴う鑑定評価手法の整備
2001年にはJ-REITの上場が開始しました。
2001年6月に㈳日本ビルヂング協会連合会(BOMAJ)と㈳建築・設備維持保全推進協会(後のBELCA)が、共著「不動産投資・取引におけるエンジニアリング・レポート作成に係るガイドライン」を発行し、このガイドラインがその後のエンジニアリングレポート作成のスタンダードとなりました。
2007年7月には不動産鑑定評価基準が改定されて、証券化対象不動産は、エンジニアリングレポートに基づいて評価を行うことが義務付けられました。
デューデリジェンスにおけるエンジニアリングレポートの位置づけ
デューデリジェンスは物的状況、経済的状況、法的状況の3つの側面について調査されます。
物的状況を盛り込んだエンジニアリングレポートの内容と、法的状況を盛り込んだリーガルレポートを参照して、経済的状況をまとめたアプレイザルレポートが作られるといった具合に3つの調査は相互補完的におこなわれます。
物的状況を確認するためのエンジニアリングレポート(建物状況調査報告書)
不動産投資におけるデューデリジェンスの根幹をなすものです。
物的調査については、一級建築士などによって以下のような調査がなされます。
- 遵法性、劣化度合い、緊急・短期修繕費
- 再調達価格、長期修繕費の見積もり
- 耐震性能、PML期待損失率・損失額
- PCB、アスベストなどの有害物質の使用状況
- 土壌汚染の有無
法的状況を確認するためのリーガルレポート
法的状況は土地や建物を目で見ただけでは判断できません。
売主が対象物件を処分する権利の有無、信託契約や借地契約の内容、テナントとの賃貸借契約内容、対象物件に関する係争の有無や内容など、情報をあつめて分析する必要があります。
法的状況については、弁護士によって以下のような調査がされます。
- 所有権、賃借権などの、不動産の使用権原の有無や内容
- 用益権、担保権などの、不動産に設定された権利や処分行為に対する制限
- 不動産に付着したこれらの権利や制限が、不動産譲渡やM&A取引などによって受ける影響と内容
経済的状況を確認するためのアプレイザルレポート(不動産鑑定評価書)
不動産を売買する際には、最新の不動産マーケットと比べて価格が適切か、会計処理を適切に行えるか等チェックする必要があります。
経済的状況については、不動産鑑定士に以下のような調査してもらう必要があります。
- 不動産市場動向・地域特性要因・立地特性
- テナントの属性・入居目的・信用情報・支払い状況
- 物件稼働率の推移・適正賃料・テナント誘致の競争力の有無
- 将来の売却時の見込み価格
また、公認会計士に以下のような調査をしてもらう必要があります。
- 固定資産の減価償却方法を把握
- 減価償却計算が適切になされていることを確認する
- 不動産鑑定士と連携し、資産除去債務が適切に計上されていることを確認する
- 減損の兆候の有無を把握し、減損損失が適切に計上されていることを確認する
- 譲渡時の会計処理が適切になされることを確認する
エンジニアリングレポートの位置づけ
以上からわかるように、建築基準法上の建物の敷地が、実際に所有権や賃借権の範囲におさまっているかどうか、不動産価値を算定する上で長期修繕費はどの程度見込まれるかなどといった具合に、デューデリジェンスを行うにあたって、エンジニアリングレポートはリーガルレポートやアプレイザルレポートと相互補完的な役割を果たします。
なかでも、エンジニアリングレポートは物的リスクを洗い出すものであり、デューデリジェンスの根幹をなすものであると言えます。
不動産投資・取引におけるエンジニアリング・レポート作成に係るガイドライン
「物的リスク」の評価項目とその内容として、米国ASTM(民間団体)が提唱するエンジニアリング・レポート・ガイドラインというものがあり、このガイドラインはグローバル・スタンダードとなっています。
日本では、さきほども言及した㈳建築・設備維持保全推進協会(BELCA)が、このASTM をベースに 2007 年「エンジニア
リング・レポート作成ガイドライン」を改訂して発行しています。
エンジニアリングレポート作成のスタンダードと2001年6月に㈳日本ビルヂング協会連合会(BOMAJ)と㈳建築・設備維持保全推進協会(後のBELCA)が、共著「不動産投資・取引におけるエンジニアリング・レポート作成に係るガイドライン」を発行し、このガイドラインがその後のエンジニアリングレポート作成のスタンダードとなりました。
BELCAの会員となっているメジャーなER作成者は以下のとおりです。
- 東京海上ディーアール㈱
エンジニアリングレポートで確認することのできる内容
エンジニアリングレポートで確認することのできる内容は多岐にわたります。
項目 | 詳細 |
---|---|
物件概要 | 立地状況・敷地情報・公法規制・建築概要・設備概要・確認申請の履歴・修繕履歴など |
遵法性 | 物件概要に紐づく建築基準関係規定・消防法の規定など |
劣化状況 | 建築物の外構・屋上・外装・内装・躯体と、電気・給排水衛生・空調・防災・昇降機などの設備の劣化状況 |
修繕更新費用 | 劣化状況を踏まえた建物の修繕更新費用を緊急・短期(1年程度)・中長期(10年間程度)の期間に分けて算出 |
再調達価格 | 調査対象となる建物を現時点で再び建設すると仮定した際に必要な一般的な費用の総額を算定 |
環境リスク | アスベスト・PCB・フロン類・ばい煙等排出ガス・危険物・特殊薬液貯蔵施設・空気環境・飲料水・空気調和設備用水・雑用水・害虫・害獣防除・排水関係・産業廃棄物などによるリスク評価 |
土壌汚染リスク | 対象地や周辺土地の使用履歴・土壌汚染に関する過去の調査履歴によるリスク評価 |
地震リスク | 物件概要や設計図などの資料を踏まえた対象不動産の地震による経済的損失を予測最大損失率(地震PML)という指標によるリスク評価 |
ただし、ERに記載できるのは目視調査や資料調査、ヒアリングなどで確認できる範囲にかぎられます。
エンジニアリングレポートで確認できない内容
また、不動産鑑定評価のような経済的な調査や、権利関係などの法的調査については対象外となります。
著名なエンジニアリングレポート作成者
エンジニアリングレポートの作成者のうち、いくつかメジャーな会社をご紹介します。
東京海上日動リスクコンサルティング㈱(東京海上ディーアールに変更されています)
損保ジャパン日本興亜リスクマネジメント
SOMPOリスケアマネジメント㈱